私の痩せ過ぎた人生-摂食障害にも負けず筋トレと食事管理で脱ガリ

私は17歳のとき、私は母親と同居していました。ですが、母親は身体障害で、精神疾患もありました。私は何もしない母親の言動に不満があり、ずっと我慢していましたが、次第に口を出すようになり喧嘩ばかりの生活でした。

母親はよく緊急で搬送されることもあり、私は朝方4時に寝てお昼に起きる生活をしていました。毎日、この生活リズムでは食欲はありませんし、母親は食事を作る事もないので、いつもコンビニの弁当やパンを食べていました。

次第に飽きはじめ、お菓子を食べる生活になり、よくお腹を下したり、吐いたりするようになりました。そのせいで、多く食べる事への執着心がなくなりました。1日の食事はパン2つ程度です。

ある時、調子が悪くなり総合病院に行きましたが、あらゆる検査をしても問題はないと診断されました。ですが日に日に痩せていき、病院では内科に2週間に一度通院し薬を貰っていましたが、効果がありません。

次第にレトルトのシチューですら口元までスプーンはいきますが手前で止まってしまい、食べられなくなりました。徐々に引きこもりになり、たまに外出した際には必ずといっていいほど人に見られます。顔も隠しながら散歩しても周りの目が気になり、1組のカップルが「なんか、あの人おかしいよね」というのが聞こえたりもしました。

私は目つきも鋭くなり、社会に溶け込めず、仕事もできない、母親の面倒も見ないといけない。そんな生活を19歳までしていました。

私の身長は175cmです。病院で体重を測ってみたら、42kgでした。私は限界の状態になり、逆に覚醒したのか、その後以前のように運動、筋トレをはじめました。そのおかげで体は引き締まりましたが体重は42kgのままです。病院の先生からは「いい体してるね」といわれ、さすがに参ってしまいました。筋肉質にはなったけど、やはりガリガリのままですから。

その時も、私が母親をお世話していましたが、逆に私から母親に一緒に病院に行って欲しいとお願いしました。あまりにも体重が増えず、このままではヤバイと思ったのです。母親と一緒に病院に行ったときには、私はもう自分で症状を話すのも限界だったのです。

診察の結果、医者に言われたのは、「貴女の息子さんは心療内科ですよ」の一言。私は初めて聞いた診断内容に、今まで行く病院が間違えていたのだと認識しました。別の病院の心療内科で診てもらったところ、「ノイローゼ」と言われ、精神科に通うようにと紹介状をもらいました。精神科で診てもらった結果、さらに「摂食障害」と言われたのです。

入院しない方向で通院をはじめました。今では私の体重は70kgです。母親と離れて暮らすことにもなったので、そのこともあってか、非常に経過もよく30代にしてようやく健康的な生活がなんとかできるまでになってきました。

10代のときの私は、海にもプールにも行けず、顔色も悪く、人の目を気にして生きてきました。その時期がどれだけ辛かったかは、今でも人には話せないほど辛い経験です。思春期の大事な時期をうまく過ごせなかったので、あの頃のことを考えると、今でも食欲がなくなります。

(33歳・男性・フリーター)

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